100年会議をしよう!
人生、何があるか分かりません。
もちろん明日、命にかかわる大きな病気やケガをする可能性も否定できません。
そんな「もしも」のときに、「自分らしく最期まで」というのが、
エンディングノートや、人生会議、広くいうと「終活」といわれる活動です。
とくに「人生会議」は、最近、話題にもなりました。
しかし「理想は分かるけど、やっぱり気が重くなる」という方や、
身内と話すことが「あらたまった空気」になるのが気恥ずかしいという方も多いのでは。
そこで、こう考えてみてください。
人生の「終わり」をゴールとして考えるのではなく、
「いま、ここ」をスタートとしてとらえ、
これからの夢や希望を語り合うという、前向きな「ライフスタイル創造」の機会であると。
とにかく、必要なのは「きっかけ」です。
ぎんのコンシェルジュが提案するのは「100年会議」。
たとえば100年会議ツール(話題提供のラベル)をお酒に貼って、
それについてみんなで話し合うなど、
構えすぎない自然な対話の時間をつくってみましょう。
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今回のテーマは「延命」です。
作家の梅崎春生は、
「どのみち死なねばならぬなら、私は、なっとくして死にたいものだ」と言いました。
またユーゴスラビアの格言で、
「われわれの生まれ方は一つ。だが死に方はさまざま」という言葉もあります。
「死は人生の終点ではない。生涯の完成である」と言ったのはマルティン・ルターです。
人間は「死」を恐れます。
しかし死を恐れるからこそ、人生を美しく生きようとします。
「そのとき」が目前にせまったときの決断を考えるのも、
人生のラストシーンを描く、大切な「想像」です。
もしもあなたに「最期」がせまったとき、
あなたが意思表示できない状態だったしたら?
そして「治る見込みがない」でも、
「少しでも“死”を引き延ばせる」延命措置という選択肢があるとしたら?
「人生の最後」と「わたしの美学」を交えて、
どんなラストシーンを描くかを、お酒とともに。
001_enmei.pdf (2.22MB)
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